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今日(12月18日)腰痛で入院した母の様子を見に奈良にある病院へと行ってきました。

昨日の夕方4時前に入院している母から電話があり、何かと思えば「病院へ何時頃に来るの?」の声‥。

一瞬、何のことか理解が出来ずにいると、看護士さんが出て「4時から主治医の先生から、病状や今後についての話を、私を交えてする予定であったこと」を知らされました‥。

今すぐ向かうとしても、大阪から電車で1時間半はかかります。

そのことを伝えると、平日の夕方に改めて話をすることになり、私は行くことが難しいので、替わりに妻に行ってもらうことにしました‥。

今日病院に行って、母にそのことを聞くと、母が父に、私が病院に来てもらうように話していましたが、父が私に伝えていなかったのです‥。

父は、十数年前から耳の聞こえが弱く、15日に実家に行ったときも私の声が良く聞こえていませんでした。

私が話して、「分かった?」と言うと、父は「分かった」と言うだけで、話の内容は伝わっていませんでした‥。

病院と電話での話を終え、聞こえが弱い父にどうすれば話が伝わるのかと考えました‥。

筆談をして伝えることを考え、「連絡ノート」を作りました。

父に会うと、父に大事な話をしても父には伝わっていなく、母や、私、妻、病院の方に迷惑をかけていることを話しました‥。

母の具合が早く良くなるためにも、耳の聞こえが悪いことをしっかりと自覚して補聴器をつけて欲しいこと、大切なことはノートに書いてもらって伝えることを話しました‥。

父は、「悪かったな‥」と言って納得をしてくれました。

病院で看護士さんに、父に伝えたいことは「連絡ノート」に書いて欲しいこと、家族への連絡は直接、私に連絡をもらえるようにお願いをしました。

母にも、父に用事を頼むときはメモを書いて渡すように話しました。(書けないときは、看護士さんにお願いするように言いました)

父が悪い訳ではなく、結果として、母の病状が少しでも早く良くなるようにという思いです‥。

母は、腰椎圧迫骨折と肺炎を併発していました。

腰は、動いていなくても痛い様子が顔の表情からも分かります。

私は、椎間板ヘルニアになったことがあるので、ほんのわずかでも動けば激痛が走る辛さが分かります。

どうすることも出来なく、ベットの上でただ、じっとしているしかありません‥。

入院が出来て、ひとまずは安心できる環境であることに“ホッ”としています‥。

もし私が、15日に行っていなければと思うと“ゾッ”とします‥。

病院を後にし、家に向かう電車の中で母が入院した出来事について考えました。

「一体、私はこのことで何に気づこうとしているのか」

これまでは、自分や家族の将来をあいまいにして見ようとしてきませんでした‥。

11月14日、妻から「何がしたいのか分からない」と言われて反省をし、『家族を大切にしたい』と気づきました。

母の入院は、自分の中で『家族を大切にしたいという想い』に反応し、出来事を自分に贈ってくれた(創造した)のです。

自分ではこのことが理解出来ています。

すでに、解決することを知っています。

私が結婚をする前にも、母が腰を痛めて入院をしたことがあります。

その時は、母に対して面倒を見ていませんでした。

見ていないと言うよりは、実の母でありながら見ようとせず、父にまかせっきりで逃げていました‥。

母の病気を通じて、「家族を大切にすること」を気づかせようとしてくれているのです。

「ありがとう」。

(続く)

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